日本の教育を考える

日本の教育が少しでも良い方向に進化していってほしいなと願いつつ、感じたことを書いてみます。

文科省のガイドラインと学校現場がかけ離れている件について。

現在、スクールカウンセラー(SC)とスクールソーシャルワーカー(SSW)について調査中です。

それでわかったのは、地域によって驚くほど配置状況が違うということです。

この件に関しては、文科省が今年1月にガイドラインをつくって公表しているのですが、全然その通りにはなっていないのです。

複数の地域の学校関係者を取材しましたが、みなさん、「SCやSSWをもっと増やしたいが、資金不足と、一定レベルの人材確保の難しさもあって増やせない」とおっしゃいます。

学校現場の現実はそんな状態です。

 

これは、SC,SSWに関することだけの話ではありません。

ある課題に対して、専門家を集めて話し合いを行い、ガイドラインをつくるのは、文科省の仕事です。

ガイドラインには、学校はこんな体制をつくりなさい、こんなときはこうしなさい、こういう係の人を学校につくりなさい……などと書いてあります。

それを読んだ多くの人(学校関係者でない人)は、学校はそのガイドラインどおりにやってるのかと、勘違いしてしまいます。私も以前はそう思っていました。

でも、実際はそうではないんですね。

なぜかといいますと、そもそもガイドライン自体が、現実離れしているからです。

 

先日お会いしたある校長先生が教えてくれました。その方は文科省の会議にも参加されているような方です。

ガイドラインというのは、あくまでも理想の形なのだそうです。

そんなお金がどこにありますか、そんな条件で働いてくれる人がどこにいますかなど、現実的な話を一切抜きにして、ガイドラインはつくられるんだそうですよ。

その点を指摘しても、「この会議はそれでいいんだ」という答えが返ってくるそうで。

 

文科省の仕事はガイドラインで理想の形を示すことであり、それに近づくように努力するかどうかは、区や市の教育委員会の判断次第なのです。

別に従わないからといって、罰則があるわけではありません。

その結果どうなるかというと……お金のない地域は、そう簡単に人を雇えませんからね……。現場は全然、ガイドライン通りにはなっていない、ということです。

そして、せっかくガイドラインをつくっても、誰も見なくなるわけですね……。

学校ではいろんな出来事が日々起きて、忙しいですし。

理想につき合ってる暇はないからです。

 

それで、何か不祥事が起きると、学校はなぜガイドラインの通りにやるべきことをやらなかったんだと、新聞やテレビ、ネットから責められるわけです。

 

理想の形を示すことが悪いとはいいませんが……、そうなったらいいですよね~的な気分にはなれますからね。

しかし、「お金がないことや手間の大変さは無視して、とにかく子どものために一番効果的なことをしてくださいね」といわれても、現実にはできないわけで、いじわるな言い方をしますと、こういうの、机上の空論というのではないでしょうか。

これははっきりいって、文科省の責任逃れのためにやってることのように私には見えます。「文科省は、こうしてくださいって、ちゃんといいましたよ。その通りやらなかったのは市教委が悪いんです」というアリバイ工作の一種なのでは……。

もし「アリバイづくりのためにやってるわけじゃない!」のでしたら、今後は、もう少し現実的な解決策を考えていただきたいなと願っている次第です。

そうしないと、ガイドラインと現場の距離が全然縮まらないですからね。

それと、教員が働き過ぎてしまう根本的な原因の一つは、あくまでも理想を追い求める国の姿勢にあるんじゃないかと私は思っているのです。