日本の教育を考える

日本の教育が少しでも良い方向に進化していってほしいなと願いつつ、感じたことを書いてみます。

道徳の「手品師」が教科化でどう変わるのか

今月はずっと、道徳の取材をしていました。

「手品師」という有名な教材があります。

これは全教科書会社、8社の小学校の教科書に掲載されています。

つっこみどころがある内容なので、新聞などで「いかがなものか」とよく紹介されます。

 

どんな話かといいますと、

腕はいいが売れない手品師が、ある日、しょんぼり座っている男の子を見つけたので、手品を見せてあげました。男の子はとても喜んでくれたので、次の日も見せる約束をします。その夜、友人から「明日、大劇場のマジックショーに出ないか」と誘われます。手品師はどっちに行こうか迷って、男の子との約束を守りました。

という話です。テーマは誠実です。

 

この話を読んだときの率直な感想は、「なんじゃ、こりゃ~。人生、それでいいのかよ」です。男の子の気持ちは大事にしてあげたいけれど、チャンスをつかむほうを選んだっていいんじゃないかと、私は思いました。

そして、「男の子との約束を守った手品師は誠実でえらい、みんなもそうするべきだ」と授業で教えるとしたら、この国はいい人ばかりになるかもしれませんが、この国の未来にとってそれがいいことなんだろうかと、疑問を感じました。

 

今年度から道徳が小学校で教科になりました。中学校も来年度から教科になります。

そのキャッチフレーズは、「考え、議論する道徳」です。

文科省は「価値観の押し付けではないか」との指摘を受け、「そうならないように、『考え、議論する道徳』をする」と、言っています。指導方法を、これまでとは変える、そういう前提での教科化です。

 

取材で今回も専門家の先生にお話をお聞きしましたが、「手品師」を題材に、「考え、議論する道徳」がきちんと行われれば、ものすごくおもしろい授業になることがわかりました。

誠実とはなんだろう、と本質的なことを深く考えさせるような授業です。

 

ただですね、問題は、学校現場には、道徳の授業のやり方を変える気がない人たちがたくさんいる、ということです。

これは校長先生の方針次第のようなんですが……。

これまで通りでいいじゃないか、それでずっとやってきたんだからと、そう思っている校長先生の学校では、なかなか変わっていかないようです。

そもそも先生たちは道徳だけ教えるわけではないですからね。今後はプログラミング、英語……勉強することがいっぱいあります。できない理由はいくらでも見つかります。

そうすると、これまでのように教材を読み、登場人物の気持ちを考えさせ、「手品師はえらい。みんなも誠実に生きよう」でまとめるような、価値観を押し付ける授業が、今後も続く可能性があります。

 

ここでちょっと横道にそれまして、新学習指導要領に付いて考えてみます。

新学習指導要領というのは、10年に一度、文部科学省が定めていまして、幼稚園から高校まで、園や学校でどんなことを教えるのか、その基準が書いてあります。

新しい学習指導要領は2017年3月に告示されまして、小学校は2020年、中学校は2021年から完全実施となります。

つまり、今、日本の教育は10年に一度の大きな節目を迎えているのです。

で、その新しい学習指導要領の大元にある発想は、非常にかいつまんでいうと、「大人に言われたことに対して素直に従うだけの子どもではなくて、自分の頭で考えて、行動できるような子どもを育てる」ということです。

 

しかし、現実には、先生たちは、「右を向きなさい」と言ったら、特に疑問をもたずに、言われた通りに右を向く子どもたちのほうが当然、扱いやすいはずです。

先生たち自身も、素直に右を向いて育ってきた人ばかりです。

先生たちにとっては無理して変えないほうが快適でしょう。

だって、もしも、子どもたちが頭で考えるようになったらどうなるか……。

極端な例を挙げれば、先生が「右を向きなさい」と言ったら、自分の頭で考えますから、「なぜ右なんですか。理由を言ってください」「私は左の方がいいと思います」などと、言いだす子どもが増えてくる可能性があります(あくまでも極端な例です)。

そうすると、先生たちは今までのやり方では子どもを管理できなくなる可能性があります。だから、「変えたくない」力が当然、働きますよね。

 

このように、先生たちが今、実際に育てている子どもと、文科省が今後10年で育てたい子どもの間に、大きな「ずれ」があります。

このずれを少しずつ埋めていかないといけないんじゃないかと思うんですよね。

 

道徳は新学習指導要領に先行して、教科としてスタートしました。

実はこのことには大きな意味があって、道徳で、子どもたちに、自分で考える練習をさせて、新学習指導要領の完全実施へとスムーズに移行させたい、というねらいがあるようです。

 

現場にはいろいろ事情はあると思いますが、その意味でも「考え、議論する道徳」へと授業の質的変換を行っていただきたいなと、私は思っています。でないと、学習指導要領の実現が難しくなるんじゃないでしょうか。

形だけ、グループで適当に話し合いをさせて、「主体的、対話的で深い学び」をやった気になる……みたいなことになってしまうのかも。

 

あまりやる気でない先生たちの背中を押すには……保護者のみなさんが、道徳の授業でどんなことを教えているのか、チェックしに行くといいのではないかと思います。

「手品師」の授業を大人も見たほうがいいと思います。

このような、つっこみどころがある教材だからこそ、子どもが本音を語り出すとおもしろいんですよ!